MK2さんの同人誌「空の写真」頒布によせて
◼️2020/10/26
陽気のいい秋の日、店長は「このまま蒸発したい大気だ」とつぶやく。私は「海に沈んでしまいたい、湖でもいい」とぼやく。
店長、MK2さんと知り合ったのはtwitter始まって少し経った頃、2008年とかだと思う。
きっかけは忘れたけど、あの頃はとにかくtwitterに人は少なくて、なんかこいつおかしい奴だな、くらいのカジュアルなノリで相互フォローすることが珍しくなかった。
でまあ、漠然としたtwitterのクラスタと呼ばれるものができた。感覚が違っているけど面白くて、ちょっぴりわかり合えるところがあるような気がする。言葉遊びと観念的下ネタの好きなゆるい集まりだ。
店長はその中でも図抜けて有名人だった。
彼の書くblogは、ひたすらに饒舌で上滑りでうざくて、すさまじい分量があるのによく読ませる。
「勉強がわかんない」といいながら、優れた観察眼と経験に裏打ちされた発見のようなものがあった。
彼のテキストは愛されて多くのファンがいて、そして癖のあるテキストはアンチには疎まれた。
それでちょっと目立ち過ぎて身バレしそうになり、書くことに差し障りが出てしまった。
元々SNSリセット癖のある店長は、すべてのアカウントを消してどっか行った。
あーあー、と思ったけど、ある日変な鍵アカにフォローされたので、ピンときてフォローバックを返したら、店長だった。
それ以来、店長は、アカウントを開けたり閉めたり、忘れたり捨てたり(このおっさんはよく自分のIDとパスワードがわからなくなる)しながら、この10年ほど、我々はゆるくインターネット上で接点を持ち続けていた。
それでだ。店長には昔から願望があった。
「自分で自分好みの物語、小説を作ってみたい」
というやつだ。
最初、私はそれを聞いて「できますよ簡単!」と雑に太鼓判を押した。
彼はテキストの量産力がある。blogなら1日1万字くらい平気で書き上げる。
それに凄まじい量の物語を読み込んでいる。小説、漫画、ゲーム、アニメ。偏りはあるが、アウトプットには十分に思えた。
何より執着と偏愛がある。そのこだわりは彼だけの物語を生む強度となるだろう。
ところが。
さっぱり作れなかったのだ。もうとにかく初手からつまづいた。
地の文で何を書いていいかわからない。起承転結がわからない。ずっと起承承承承承みたいな話を書き続ける。人称の視点ミスをやらかす。
電車を乗り継いで会いに行って、ファミレスで6時間くらい小説の作り方をぶった。
ときに添削チャットもやった。
PVがモチベーションになるタイプなので「小説家になろう」を使うことも勧めた。
なんか詰まってるっぽいことを言ってたら、上から目線のアドバイスを送った。私はこのアドバイス罪で死後、地獄に行くこと確定である。アドバイス罪は重い。
ゆったりと、途切れ途切れながら(何せしょっちゅう雲隠れする)、店長は自分の力で少しずつ小説が上手くなっていった。
何年経っただろう。
私の目からみても、その作品は好きな人は好きなんじゃない? というくらいのレベルには達していた。
もう「地の文がセリフ追い越してる」みたいな凡ミスはなかった。
けれども、店長には、まだ致命的な弱点があった。
「物語を終わらせられない」
完結作が作れない。
作り上げた世界の中でキャラクタを描写することに耽溺してしまってENDが打てない。別にそのまま書き続けられるのならいいけれど、いつかネタは切れてしまって、でも終わらせることもできなくて、未完結作ばかり作るようになる。負のエターナルチャンピオンだ。
作劇能力は、物語を終わらせた経験がある方が身につきやすい。
特に終わらせ方は、話を終わらせた数だけ上手くなる。
だから短編をたくさん作るように、と最初は勧めていたが、なまじっか分量が書けるおっさんは、すぐに長い物になって、破綻するのだった。
で、どうにも頭打ちになっている雰囲気がある。
もったいない。もったいない。あーもったいない。
「11月末までに、何万字でもいいから完結したもの送って来てください。そしたら、うちのサークルで同人誌にして出しますから」
店長は紙の本が好きだ。そして誰しも一度は、自分の本に憧れる。それは店長も例外ではない。
だから終わらせることへのインセンティブとして、同人誌化を申し出た。
物語を終わらせたらどうなるのか。
自分の言葉が製本された本を手にして、自分がどう思うのか。
一回、知ってみりゃいい。
そしたら、もっと書けるかもしれない。
もう変わらないかもしれない。
私も店長も平均寿命の折り返しは過ぎた。店長が言うには、彼の家系の男性は短命で、それに倣うなら店長そんなに長くは生きないらしい。
生きてる間に同人誌をたった一冊残す。
まあ、それでもいいんじゃないか。
あんなにインターネットで読まれた彼のテキストを残す方法が、結局、本なのだとしたら、それはそれで皮肉なものだ。
もうすぐ約束の締め切りが来る。
あと1ヶ月で、どんなものが来るんだろうか。
それとも、やっぱりとんずらするんだろうか。
おっさん、この手の約束から逃げた前科がある。
どっちでもいいんだ。
世の中いろんな人が、他人の補助があれば越えられるはずのことで、躓いている。
なんか、もったいねえな、って思う。
たまたま知り合ったおっさんの躓きを、たまたま知り合った私のできる数少ないことで手助けできるなら、それは、世の中のもったいないが一個消えて、なんだかいいことだ。
まあ、できることなら、出来不出来はともかく完結作を送ってきてほしい。
この際、世界滅亡エンドで構わない。
そしたら、本にするための残りの一切合切は、私がやってやる。店長がやりたくても私がやる。
そして、どこにでもある一冊の同人誌とともに、
「店長は、わしが育てた!」
と、元気に言わせてほしい。
◼️2021/4/22
あれから、店長はきちんと締め切りまでに小説を出してきた。90年代エロゲの影響の濃い、店長の嗜好丸出しの、でも、ちゃんとした小説だった。
饒舌で、憧憬に満ちていて、ちっちゃいおんなのこかわいい。
もうそんなに直すところはなかった。もともと店長は存外に誤字脱字が少ないのだ。
それで、私は、合計3本、文庫本にして318頁の分量の小説を預かって、組版して、ちょっとのデザインをして、オンデマンド印刷で刷った。
「空の写真」という本にして、テキストレボリューションズEX2、という通販専門のオンライン同人誌即売会で頒布した。
店長の大昔の知名度を考えれば微々たる部数だろうが、ある程度、縁のある人には届いたと思う。それで充分だ。
店長のもとに完成した本を送って数ヶ月後、店長のtwitterアカウントはまた消えた。あのおっさんがどこで何をやってるのか、私にもわからない。たぶん身体に悪そうなラーメン食ってエロゲやってる。ご自愛しろよ。
それにしたって、いくら彼がアカウントを消したって、もう、ここに厳然たる紙の本がある。私とそれなりの数の読者の手元にある。もうお前の手の届かないところにお前の本はあるぞ。きっと嫌だろうな。はっ、ざまあみろ。私たちはお前の物語を読んだり本棚で埃を被らせたり感想を思ったりするぞ。
本の端っこには、作者と読者の影が付き纏う。
店長はその、わずかな人の影を嫌がる人だ。作品は作品の世界のままで完結してほしい、という美しい願望を頑なに抱いている。
世に「感想が創作の原動力です」と言う活動家が溢れている中、自作への感想すら病的に嫌がる。
でも、私は、ずっと「本は書き上げた段階では半分の未完成品で、読者に読まれて、その人の中ではじめて完成する」と言い続けてきた。
だから、店長にも、1回くらい、完成を知ってほしかった。私のエゴであり傲慢だ。どうせアドバイス罪で地獄に落ちるからね、罪を上積みしたっていいんだよ。
そろそろ皆様のお手元に本が届いた頃合いなので、本稿を掲載した。私の手元には予備の残部が少々あるが、もう頒布はしない。一期一会の本でいい。
「空の写真」いい本だと思う。届いたかたは、ぜひ触ったり、読んだり、本棚に差したりしてほしい。