歌、ディーゼル、鳥、北海道9日間#7

6日目 6月12日(木) 豊富-稚内-豊富

 4時30分に目が覚める。今日も3時間半ほどしか眠っていない。外は強い雨、重たい空。鳥見に行く気力が起きない。まだ昨夜の音の欠片が耳の中に残っている。

 昨晩の句会の結果がメールで届いていた。昨日、選句のときにもらった全50句に句の作者、点数、点を入れた人の名前が追記してある。私の提出した5句は4点の句、3点の句、1点の句、0点の句が2つ、となっていた。点を競うものではないけれど、やはり点が入るのは嬉しい。私の作を読んで、考えてくれた証なのだ。嬉しくないはずがない。

 

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「お風呂はいつでも沸いてるわよ!」とおばちゃんが言うので、朝風呂にしようとしたら見事に水だった。

 

 

 宿を辞し、駅前の観光案内所に荷物を預けて身軽になる。今日は再び豊富駅に帰ってくる。本日、稚内の予想最高気温は10度、雨はなお強い。ヒートテックと折りたたみ式野鳥の会長靴の出番である。

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豊富駅は無人駅

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昭和の喫茶店にあったような本棚。

 

 音威子府からやってきた下りの列車に乗車。豊富発8時19分。稚内まで45分ほど。東京の電車での45分はうんざりするほどに長いけれど、ここでの45分はあっという間。

 

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車内室温21.5度。昨日は31.5度だったのに。

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雨は降ったりやんだり。風景のすべてが白くぼんやりしている。

 

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稚内駅、東京駅より1574.5キロメートル。

 

 稚内駅に着く。小さなホームを抜けると、何もかもが真新しい空間が広がっていた。

 

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2010年に改装したそうである。

 

 稚内駅はありとあらゆるものが詰まっていた。バスターミナル、観光案内所、セイコーマート、お土産屋、飲食店などの定番施設のほか、地域交流センター、グループホーム、映画館などがあり、さらには道の駅も兼ねているという。

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これでも日本最北端の駅

 

 宗谷岬行のバスまで2時間ほど待つ。交流センターのオープンエリアでは、手芸の講習会をやっている。学習コーナーで勉強する人がいる。どこからかポップコーンの匂いが漂う。日本最北端の駅、というからにはもっと鄙びた場所をイメージしていた。

 

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宗谷牛ハンバーグサンド。意外にあっさりでチェダーチーズとの相性がいい。

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稚内ゆるキャラ、出汁之介。

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いろんな施設がたくさんありすぎて、駅を駅たらしめる改札とホームが一番端にあるのが、すこしさびしい。

 

 雨のせいか、疲れなのか、駅の外へ出ていく気が起きない。ぴかぴかの稚内駅で待っているうちにバスの時刻となった。宗谷岬までは所要時間約50分。最北端の駅とほんとうの最北端は結構離れている。

 

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バスターミナルで往復の乗車券が買える。

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街中はロシア語の表記がちらほらと。

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バスの窓から見える海。荒れている。

 

 岬に近づくにつれ、風が強まっていく。バスの中にいてなお、突風と叩きつける波の音がする。オオセグロカモメもあおられている。

 

 

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お約束の日本最北端の地。耳が痛くなるほど風が強かった。

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オオセグロカモメ。背中の墨色の濃さが良い。

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観光バスが現れては去っていく。

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宗谷岬神社。強風のためか、賽銭箱は仕舞われていた。

 

 宗谷岬の滞在時間、約25分。すぐに戻りのバスでとって返す。プールの壁にタッチしてターンするような、ただ最北端に来たという既成事実。でも、10年後から今日を思い出すとき、最初に浮かぶのは、こうしたはっきりとしたことだと思う。

 

 真横に殴りつけてくる風に翻弄されながら稚内駅まで戻る。本来なら特急サロベツに乗るところだが、今は車両点検のためお休み中。そこで代わりに待っていたのが……

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臨時快速旭川

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しかも、2両編成!

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キハ400形。キハ40を急行仕様に改造した車両。

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キハ400でも、さらにお座敷列車仕様に改装されたもの。


 キハ40とキハ400。どっちに乗ろう。どっちに乗ろう。発車まで間がない。さんざん慌てた末、キハ40に落ち着く。13時42分、稚内発。キハ400が先頭で、キハ40がそれについていく形。でも、足下からはキハ40のエンジンも伝わってくる。先頭車両が牽引しているのではなく、両方とも駆動しているのだろうか。

 50分弱で豊富駅に戻ってくる。

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豊富駅は無人駅。

 

 続いて路線バスに乗り換え。一度は落ち着いた雨がまた強くなる。

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降りるところはバス停がない。いわゆるフリー下車区間。

 

道道から折れて半舗装の道をえっちらおっちら上がって、宿に到着。

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サロベツ原野のほとり。とほ宿の本などに載っており、いつかは泊まりたかった。

 
  宿周辺で軽く鳥見の予定だったが、何もかもに侵入してくる小糠雨に疲れてしまい、お休みとする。

  晩ご飯は、知らない人たちと牛乳鍋を囲む形式。オーナーが鍋征夷大将軍として場を仕切ってくださる。
  みんなでご飯を食べ始めたところで、オーナーがCDを持ち出してくる。見覚えがあるジャケット。ラノッホの「Song Trush」である。
  オーナーの言をまとめると「昨日、東京からきたミュージシャン3人組が泊まった、豊富町でコンサートをやったらしい。これはその3人のCD」「くれたCDを昼間に聴いたら、もーすごく気に入っちゃったので、今日はご飯中にこれをかけます」とのこと。

  それは3人のCDじゃなくて、ラノッホおふたりのCDで……と心の中で突っ込む。連泊組で、お三方をちらっと見ている人は「女子二人に男子一人じゃなかった?」などとおっしゃられている。誰が女子になっているんだ。

  ユースホステルやゲストハウス、とほ宿、そういった宿泊客同士が交流を持つような宿にはよく泊まるし、慣れているほうだとも思う。だけど、今日は不思議に身の置き場がない。
今宵、同宿の方たちは、気合いのはいった「鳥屋さん」だらけ。自分も鳥は好きなほう、と妙に言い出しにくい。この人たちの語ることはみんなすごいし、知らないことだらけだし、何か聞かれても私には答えられない。結局、「東京からきた(相対的に)若い人」というポジションでしゅくしゅくと鍋をつつく。スピーカーから流れてくる林太郎さんの声とハープ、菅野さんのバイオリンの音色が早くも懐かしい。

  食後に缶ビールをもらい、談話室でコミュニケーションノートを眺める。だいたいこの手の宿では誰かが現れて、世間話につきあってくれる。……ところが一向に誰も現れない。少し考えてみて、思い当たる。鳥屋さんは早朝に出立してそのままチェックアウトしてしまうので、もう寝ているのだ。日の長い今なら、4時頃にはもう格好の観察時間だ。私だってその頃合いに起きる気でいる。

  部屋に戻ると、昨日の句会の選評がメールで届いていた。欠席した私の句についた感想がまとめてある。句会の空気がそのまま詰まったような文面の数々。置き場がないと感じていた身が軽くなる。

 身が軽くなって、再び一人でいる楽しさが帰ってきた。ドミトリーを1人占めできる喜び。列車に乗って歌を聴いて鳥を見て、北海道の大気に触れて。毎日が終わらなければいいのに、この日々が無限であればいいのに、そう思っていたことが身体に蘇ってくる。

 「今、無限の中のどのあたりにいるだろ」、と歌ってみる。たぶんきっと、一日の終わりに歌がないということが、まだ不安だったのだ。一日のはじまりから終わりまで、知らない人の中で過ごすことに慣れなくて、身の置き所がない気になっていたんだ。

 旅行の数日前からいつも緊張で眠れなくなる。何度、旅行を経験しても出かける日の 朝は真っ青な顔をしている。本当は旅行が嫌いなんじゃなかろうかとさえ、玄関を出るまでは思っている。でも、今はここにいる。恐れていたことは何も起こっていない。

 不安だけど、大丈夫。外はしんとしている。せめて朝までは静かであってほしい。明日は天売へ渡る。