歌、ディーゼル、鳥、北海道9日間#4
4日目 6月10日(火) 小樽-留萌
4時間ほど眠って、6時過ぎには目を覚ます。全身にどっしりとした疲労感がある。それでもベッドから身を引き剥がして、望遠レンズをつけた一眼レフ、双眼鏡、一式身に着けて運河へ。
運河の対岸側からウミネコ。親が吐き戻したエサをヒナに与えている。
マガモのオス。北海道のカモ類は狩猟の影響でカメラを向けると銃と勘違いして逃げる、と聞いたことがある。しかし小樽くらいの市街地では警戒はすれど逃げはしない。
ウミウ。カワウとの違いは、背中の光沢がやや茶色っぽく光るところ……らしい。そのほか、顔にも一応違いが。
双眼鏡を運河の石畳に落としてしまう。ご覧のありさまだが、旅行中は問題なく使えたのが救い。
なぜスリラーを求めるのかMUSIC HOUSE OTARU。
宿に戻ってバイキング形式の朝食。生のほたてやイカ、いくら、松前漬けなど大変に蠱惑的なメニューが並ぶ。だが、完全に食欲がない。
好きなものだけとる。温泉卵と炊き込みご飯。奥の刺身類に未練が見える。
日本酒さえあればなあ……と、生ほたてを食べながら思う。しかし今日行く先は留萌本線の途中、留萌。うかつに寝過ごせば終点増毛まで行ってしまう。飲むわけにはいかない。
10時ぴったりにチェックアウトしてもなお、時間に余裕がある。連日の雨に備えて、小樽駅前の長崎屋内ドンキホーテにてキャリーバッグのカバーなどを買う。
冴えない気分のまま、小樽を辞す。
区間快速いしかりライナーでぼんやりと札幌へ戻る。そのままエル特急スーパーカムイで北上し、深川へ向かう。エル特急は北海道のくせに電気の優等列車で、乗り味に乏しい。旅行のときは必ず聴くzabadakの「子午線のマリア」という大好きなインストなどイヤホンで流し込むが、どうにも気持ちがあがらない。
泣けたら楽になれる心持。なのに、泣くところまでも昂ぶらない。札幌3ステージ、小樽1ステージ、と濃密な時間を過ごしてきて、あと自分に残されているのは3ステージだと気づいてしまったからかもしれない。贅沢な話だと思われるだろうか。
終わることがつらい、さみしいと強く思えば思うほどに、情景や歌は刻み込まれることを私は知っている。もっとつらくさみしくなればいい。北海道にいる間の出来事が忘れられなくなればいい。
鉄道で道央と道北、日本海側を行き来するとき、ハブになるのが深川駅。今回は深川を起点とする留萌本線で日本海側の留萌へ向かう。約50キロ、1時間弱。
キハ54 500番系。
単行編成のキハ54がゆっくりと唸りをあげる。かつて釧網本線で乗った時より音がおとなしいように感じる。
水田が続く。北海道生まれの親に「北海道で稲作は無理だった」と聞かされていたが、どこへ行っても水田の景色を見かけた。
ドン、タタン、ドン、タタン、とキハ54のジョイントが鳴る。平野が続くせいかレールの軋みも、エンジンの震えも弱い。窓を低く開けて排気を含んだ風を受けてみる。あまり速度も出ていないようだ。
秩父別駅
無人ではないが、空いている
雲が多く、青空を感じられない。
恵比島駅はドラマ収録に使われた姿がそのまま残っている。架空の駅「明日萌」の名のほうが目立つ。
恵比島を過ぎるとやがて上り勾配。窓すれすれまで笹が迫る。
列車が峠を越えトンネルを抜けたころには気分は晴れていた。秘境駅として有名な峠下駅を過ぎれば、留萌まであと半分。駅に近づくと鳴り出すジリリリリ…キンコンキンコンキンコン……というATS警報音が心地よい。
14時19分、留萌定刻着。乗務員と駅員が金属製のポシェットのようなスタフを交換し、やがてキハ54は増毛へと去っていく。
留萌駅前。小樽に比べて涼しさを感じる。
はじめて来た留萌は静かな町だった。人の気配はある、車の往来もある。なのに私の引くキャリーの音がやけに大きい。無駄な音のない町に、雑音を立てながら歩いている。
古びたホテルにチェックインし、近くのコンビニで買い物。今後の旅程に備えてカロリーメイトなども買う。古びてはいるが、ほどよく揃っている宿で助かる。
夜半には雨の予報が出ている。合羽代わりのナイロンパーカーを羽織り、折り畳み傘、夜道に備えての小型ヘッドランプ、飴、お茶、一眼レフとレンズ、モバイルブースター、そしてお守り代わりのソプラニーノリコーダーをリュックに詰める。どこへ行くのか。ライブである。
市街地よりバスに乗る。バスは坂道を上って住宅街の中を行く。集合住宅の立ち並ぶ終点に降りる。雲に覆われた西日が光る。遠くからハープの音が聴こえてくる。迷いようがない。
開場までまだ時間がある。一旦、会場の「海のふるさと館」の脇を抜ける。近くを通ればリハーサルの音。子供たちが「何かやってる!」と叫びながら、駆けていく。
岬沿いの道路まで降りてきたところ。上に見えるのが会場の「海のふるさと館」
黄金岬という夕日の名所に今日の会場はある。
黄金岬の先端にて。
黄金岬は潮溜まりの多い岩場。
岬からの帰り道、階段に差しかかると空からハープとバイオリンの音が切れ切れに降ってくる。
開場時刻に少し遅れて、2Fのホールに入る。地元の方と思しき人たち、子供たち。見知った顔のいないライブは初めてかもしれない。かつて、霧島でも、網走でも、どんな街にも必ずどこかで見たことのある人がいた。
開演間近。
吉良さんと菅野さんは足に鈴をつけている。鈴の音が近づいてきて、開演する。想像していた以上に音の反響がいい。菅野さんのバイオリンを半円の会場が増幅させているようだ。音の震えさえ見える気分。1曲1曲の残響までもが美しくて、もったいなくて拍手が遅くなる。
最前列に座った小学生の女の子たちがそわそわと話したり、聴き入りながら互いの手をつないだり、また離したり。目の前で起きていること、聴こえてくるものの大きさを測りあぐねているようだ。吉良さんがルーパー・エフェクターを使ってリアルタイムにギターの音を重ねていく。子供たちの目の前で、ギターとギターとギターとギターと、ギターホールに向かって歌ったコーラスと、ギターと、洪水のように「遠い音楽」のフレーズが溢れる。
日が落ちていく。水平線間際、雲の切れ間からオレンジ色の光。留萌のステージがおしまいに向かっていく。最後の歌は「Tin Waltz」。音にならぬように歌う。
終演後、外に出ればまだかすかに日の色が残る。カメラで撮ってみたけれど、ノイズだらけで目で見ている情景とは似ても似つかない。暗くなる岬を見ていたら、上から吉良さんが手を振ってくださった。
帰りはバスがない。下り坂を歩き出す。すぐに雨が降りだす。用意は万端である。道は存外に明るい。ヘッドランプは杞憂であった。町中に20時を知らせる「イエスタディ」が鳴る。鳴り終えて、静かな町が一層沈んだようだ。
今日に続く明日
山を越えた夜の
zabadak「Tin Waltz」
車しか通らない夜道、歌って帰る。
市街地に差し掛かってほどなく、びしょ濡れのキタキツネが歩行者用青信号を渡って行った。
ホテルに戻って傘や上着を干し、ビールを飲む。毎日干してばかりだ。かすかに汽笛のようなものが聞こえる。明日は豊富、雨はどれくらい降るのだろう。