歌、ディーゼル、鳥、北海道9日間#9

7日目 6月13日(金) 豊富ー羽幌ー天売 後編

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天売行の切符

 以前、人から「鳥があきれるほど間近に降ってくる島」の話を聞いた。ウトウというまっ黒い鳥が、決まった季節の夜、空を埋め尽くすほどに現れるのだという。その鳥は着地が恐ろしく下手で、空から地面目がけて落ちるように降ってくる。だから、それを見に行くツアーでは、人間はヘルメットをかぶって、頭にウトウがぶつかった時に備えるのだ……と。

 その話が妙に忘れられなかった。いつか天売へウトウを見に行こう、と決めていた。それが今日だ。

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バスの待合室にいた地元の人が「最終便は物資の運搬があるからめったに欠航しないよ」と言っていた。

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出航前に、ハッチを締めるレバーをゴムハンマーでしっかりと叩いて固定する

 

 14:00過ぎ、フェリーはゆっくりと日本海へ動き出す。約1時間30分の船旅。

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出航直後。まだ波は落ち着いている。

 出航して沖へでるにつれて、波は高く、船のうねりは激しくなっていく。甲板で海鳥を探していると全身波しぶきまみれ。ほどなくして悪天候のため甲板から降りるようお達しがでたので下のデッキへ。

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ケイマフリは見られたんだけど、写真は無理。

 

 下船すると、港に宿の迎えが来ていた。手はず通り荷物を預け、港のお店で原付を借りる。エンジンのついた乗り物を運転するのはおよそ10年ぶりか。しかし、これでも普通自動二輪のゴールド免許持ち。スクーターなんて自転車も同然、とタカをくくって道路に出る。アクセルを開ければ開けた分だけ加速が応え、頬を叩く潮風が強まる。そんな当たり前が嬉しいし、懐かしい。

 

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急坂を原付で上っていく。自転車じゃなくてよかった。

 

 島の外周道路は一周約10キロ。のんびり回る予定が、半分ほどのところで雨が降り始める。合羽を着こんで大慌ての島一周。

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まだ雨が降ってない頃。海へと下っていく爽快なカーブ

 

 雨脚はかなり強く、法定速度以内でも雨粒がびしびしと目を打ち据える。借り物の半キャップにはバイザーがない。山中の下りは葉っぱまみれだし、50ccバイクのタイヤは細く頼りなくすぐ滑る。景色を楽しむ余裕はない。いかにスクーターの挙動を抑えるか、薄目で雨をしのぐか、エンジンブレーキをかけるタイミング、そんなことで頭がいっぱい。でも、それが楽しい。

 すべてを一身に受ける楽しさ。不安も風も雨も嬉しさもスピードの分だけ凝縮、洗練されていく。時速80kmでは取りこぼしてしまうものが、時速25kmならわかる。時速5kmでは得られない充実がある。

 

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店に戻ってきたときには、バイクもろともずぶ濡れ。パンツまでつめたい。

 

 宿にチェックインし、着替えて干して、早めの夕食。

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ウニ、こんなに美味しくて大丈夫か。種として残れるのか。ウニの行く末が心配だ。

 

 19時頃、ウトウツアーのバスが宿まで迎えに来てくれた。いろんな宿の人たちとバスに乗り、営巣地まで行く。雨は降ったりやんだり。ウトウとぶつからないように注意を受ける。どのあたりが通り道で、どの辺に立つと危ないか、なども説明がある。

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バスを降りて散策する。ライトがあるとはいえ暗い。

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ウトウの群れ。頭をかすめるように降りてくるものもいる。そういやヘルメットしなかった。

 ウトウは暗くなってから帰ってくる。天敵を避けるためらしい。ずんぐりとした身体は体長37センチほど。1日に300キロ飛んで魚を採り、口いっぱい咥えて戻ってくる。

 あとからあとから、人間などお構いなしに、かすめるようにウトウが降ってくる。地面になんとか着地したウトウは、猛ダッシュでヒナの待つ巣穴へと走っていく。

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真っ暗の中に黒いウトウ

 1時間ほどして、バスは引き上げにかかる。帰る時刻が遅くなると来た道がウトウでいっぱいになり、踏まずに帰るのが大変だとのこと。バスはのろのろと慎重に進んでいった。

 

 宿に帰ってきて倒れこむ。念願のウトウを目の当たりにして、心躍る一方で焦りも募った。記念写真もろくに残せなかったもどかしさ。家においてきたあのレンズがあれば、設定をああしておけば……。いっそたいした写真が撮れないのであれば、諦めて観察に集中すればよかったのに、その切り替えもうまくいかなかった。あとから湧くのは後悔ばかりだ。こんなんじゃ、うまく、伝わらない。

 後悔の次は心細さが訪れる。明日、船は出るのか。開演には間に合うだろうか。旅程を何パターンもイメージする。何度も考えて、すでに答えは出してある。あとは天気の決めること、いくら考えても仕方がない。

 歌や楽器の音色が恋しかった。たった2日なのに、随分離れているような気がする。後悔や不安や薄暗い感情を払拭してくれる音と再会したい。

 明日は富良野、私にとってこの旅最後のライブとなる。どうか、帰れますように。