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歌、ディーゼル、鳥、北海道9日間#6

5日目 6月11日(水) 留萌-豊富 後編

 zabadakのライブでよくお見かけするCさんという方がいる。ゆるやかなご縁があって会えば挨拶くらいはする間柄なのだが、北海道ツアー初日の終演後、Cさんに声をかけられた。豊富に行けない自分の代わりに豊富の写真を撮ってほしい、吉良さんたちがどんな町で歌ったのか知りたい、と。

 

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豊富駅を降りたところ

  ツアーでの歌は土地の雰囲気にも影響される。会場に来られない人が、豊富でのライブをイメージしようとするならば、町の景色も想像の手掛かりになるかもしれない。拙い写真がCさんのイメージの手助けになれば良いと思いつつ、町の様子をいくつかtwitterに投稿した。

 

 宗谷本線に乗っていたころ、東京で行われる句会の句をまとめたメールが届いていた。今夜の会に間に合うように句を選んでメールすれば、豊富にいながらにして句会に参加できる。豊富駅に併設された小さな喫茶店に入る。常連の人たちがチラッとこちらを窺う。アイスコーヒーを頼むと、一緒に「雪の宿」というあまじょっぱいお煎餅がついてきた。

 誰が作ったかわからない俳句を、iPhoneで繰り返し読む。おもしろい句、意味はわからないがイメージの湧く句、ちょっと好みと外れた句……一句一句に箱庭のような世界がある。五十句から五句選ぶ。すべてが違う色、模様でできた五十個のビー玉の山。そこから五つだけ好きなものを持ち帰っていいよ! と言われた子供の心境。

 

 選句してメールを書き終え、駅前のAコープで晩御飯とビール、おつまみを買う。

 

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曲がれば原野なり

 

 今日のライブ会場へ向けて歩き出す。事前にインターネットで調べても、会場の正しい位置がわからなかった。どうやら町役場の近くらしい。しかし町役場も場所はわかっても、どんな建物かはよくわからない。

  豊富町にはまだGoogleストリートビューが来ていない。出かける前は、どんな町なのか想像がつかず、もやもやしていた。でも、はじめて行く土地の風景を、あらかじめ見ている普段のほうがおかしいのかも知れない。

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このEのとれた看板も、まだGoogleに知られていない 

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本日の会場。あっさり見つけてしまって、肩透かし

 

 「豊富町定住支援センターふらっと★きた」、というのがこの会場の名前で、できて1年に満たない真新しい建物である。

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私が豊富の子供なら確実に一日中ここにいる

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とよとみの民話。酪農や炭鉱など郷土の出来事を題材にしている

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中座してもOK、飲み物、食べ物、おやつ持ち込み自由

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開場直後。見慣れたハープや、譜面立てを見るといつもほっとする

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窓の外はまだ明るい。ヒバリなどのいそうな素敵な草地。

 

 正直、ホールにどれほどの聴衆が来るのか想像できなくて、席で1人固くなっていた。ところが開演時刻ちょうどになってどんどん人の気配が増える。振り返ってみたらびっくりするほどの人がいる。知った顔はもちろんいない。本来zabadakやラノッホを知らない人たちだけのコンサートになるはずだったのだ。ここに密航者がいなければ。

 開演時刻を少し過ぎて、3人の姿がステージに現れる。1曲目は「an fhideag airgid」という物悲しく美しいスコットランド民謡。歌が始まって、吉良さんと林太郎さん二声のコーラスに入った瞬間、隣の見知らぬ女性が私に耳打ちをした。

「顔に見合わず、綺麗な声なのね?」

 えっ。どっちのこと? っていうか、今ライブ中ですよね? さまざまな疑問は渦巻くものの、アウェイの緊張はすっかり解けて、かなり愉快な気分にもなってきた。豊富町、面白いんじゃないだろうか。

 2曲目の「ラ・フェット」が始まってすぐに、客席のどこかから、小さな手拍子の音が聴こえはじめた。少し遅れたリズム。はじめて聴くであろうこの歌をすごく楽しみたい人がいるんだな、と思った途端、妙に嬉しくなってくる。「ラ・フェット」は緩急のついた歌と速めの間奏が交互に現れる。少し手拍子は難しい曲かもしれない。目立つように手を叩く。私はあんまりこういうの得意じゃないけれど、Cさんがここにいればきっと手を叩くだろう、と思いながら。隣の耳打ちの人に伝播する。さらに隣の人が手を叩き出す。少しずつ客席に広がる。もう遅れている手拍子は聴こえない。すごい、豊富すごいぞ。

 よそ行きの顔が少しずつほぐれていく吉良さん、このツアー中で一番まっすぐに音が飛んできた菅野さん、そして何度かきらきらと目を光らせるようにして、いつにも増して情感のあった林太郎さん。林太郎さんが子供のころ、豊富に来ていたことが縁で、今回のコンサートに繋がったという。さぞかし思い入れもあることだろう。思いは音に映る。

  この町でしか聴けない音の重なり、声の連なり。いつだってライブは二度と同じものはないのだけれど、6月7日の札幌から数えて6ステージ目、積み重なったすべての出来事がこの豊富ににじみ、あふれている。東京からの道のりの頂点に、今の歌がある。

 それは歌を受け止める側にしても同じこと。辿ってきた道のりの楽しさ美しさが、知っているはずの曲をさらに深く眩しく受け止めさせてくれる。これだからツアーはたまらない。

 音楽に積極的な豊富の人たちと一緒に、新鮮な気持ちで手を叩き、耳を傾ける。あっという間に時間が過ぎてしまって、おしまいの曲が終わる。曲が終わったか終わらないか、盛大な拍手の中、大きな「アンコール!」の声が響く。こんなに素早いアンコール聞いたことがない。思わず吹き出してしまう。

 

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終演後

 アンコールの曲が終わり、ステージ上の3人がはけて行く。拍手の鳴りやんだ途端、立ち上がった人たちが一斉に椅子を片付け始めた。淀みない。「すてきだったわねえ」とか「心が洗われたわねえ」などと感想を言いながら、椅子を集め、机を畳み、きびきびホールから退出して、あっという間に上の写真の光景が現れた。豊富町の皆様は撤収のプロでもあった。

  

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コンサートの途中から雨が降り始めていた

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来る時は長いような道のりも、帰る時はあっという間に

 

 宿に帰りついて、終わってしまった……という気持ちに押しつぶされて畳の上に転がる。今まではどこへ行っても1日のおしまいに必ず歌が待っていた。明日から2日間は純粋に旅しかない。歌はない。

 終演後、ホールの写真を撮っていたら林太郎さんと菅野さんにお声がけいただいた。別れ際に「良い旅を」と仰ってくださったのが沁み入る。豊富の雨は止む気配がない。明日は稚内サロベツ原野へ行く。どうか良い旅でありますように。