歌、ディーゼル、鳥、北海道9日間#5
5日目 6月11日(水) 留萌-豊富 前編
目が覚めたら3時30分、間もなく日の出だ。空はすでに明るい。いつ眠ったかも覚えていない。部屋は荒れ放題だ。
まずは洗濯を決意する。廊下のどん詰まりのコインランドリー。旅行用の小分け洗剤はやけにビニールが分厚い。封が切れない。糸切り歯で噛み切る。洗剤としかいいようのない味が口中に残る。
洗濯物を乾燥機に入れたところで外へ出る。飲み屋街と住宅街の入り混じったあたりを歩くと、数羽のハシブトガラスが鳴き交わしながら後をつけてくる。警戒されている。この辺りでは、早朝に歩く人間はあまりいないのだろう。
地図を見ながら川のほうを目指す。住宅街の脇から鳥の声がする。導かれて行くと草地、奥は留萌本線の線路。ギョギョシギョギョシ、という特徴的なさえずり。
縄張りを主張するオオヨシキリのオス。
オオヨシキリが私を恐れて逃げる。立ち止まり、待つ。私より縄張り争いのほうが気になるまで、さほどはかからない。
オオヨシキリのオスが斜めに渡された電線に止まる。高らかに鳴く。草地のほうから別のオスがかぶせて鳴く。電線のオスは素早く電線を駆け上がる。さらに高い位置で鳴く。草地のオスが返す。電線のオスはさらに昇る……。
ヒバリはメスに見つけてもらい、自分を選んでもらうため、平たく言えばモテるため、鳴きながら力の限り空の高いところを目指すという。しかし、遮るもののない空は身を守る術もない。タカなどの格好の獲物にもなろう。高みを目指す行為は命がけだ。オオヨシキリはどうだろうか。
カメラを構える。逆光。少し歩く。オオヨシキリは動かない。もう少し近寄る。大丈夫か、と思ったとたんにまた飛んで行ってしまう。カメラを持つと私はつくづく自制心が弱くなる。良い腕前でも、良いカメラを持っているわけでもない。さほどの写真が撮れるわけではない。オオヨシキリの写真など、ネットで検索すれば綺麗なものがいくらでも見つかるのだ。なのに、今見ているものを残したい、という欲求はどこからやってくるのだろう。
踏切より留萌駅を望む。
ホテルに戻り、乾燥機より洗濯物を回収して朝食。今日は食欲がある。中でもニシン漬けがたいへんに美味しい。なぜお酒がないのだろう。なぜ米飯なのだろう。朝だからだ。
〆はイクラ。こちらも美味しゅうございました。
留萌駅待合室のクマ。左のポスターは、かの三毛別羆事件の跡地を紹介するもの。
9時31分留萌発の留萌本線に乗車。今日の最終目的は日本海沿いの町、豊富。けれども一旦は日本海に背を向けて深川へ戻る。復路の留萌本線でラノッホを聴こう……と思ったら、iPhoneに入っていない。代わりというわけではないけれど、林太郎さんとアコーディオン弾き藤野由佳さんのユニット「Rivendell」を聴く。jigとディーゼルの相性は最高である。
10時26分、深川着。エル特急スーパーカムイに乗り換えて北上。10時55分、旭川着。あっという間の電車旅。
何年ぶりかに訪れた旭川駅は全面改装されてあか抜けており、同級生の子供が来年成人式、くらいの衝撃を受ける。
キハ40。これだよ。
旭川より、宗谷本線をひたすらに北上する。今回のツアーの中でもっとも長く気動車に乗る日。まずは旭川-名寄間を快速なよろで行く。
キハ40はキハ54に比べてエンジン音が大きい。ガラガラとよく響く。足の裏から床を通じて震えが伝わってくる。自然と笑みがこぼれてくる。不審者である。どうしてこんなにディーゼルの音と匂いは嬉しくなるんだろう。
たしかに私は気動車が好きだ。だからといって鉄道が好きなわけではない。ただ、北海道のさみしいところや険しいところを行く気動車、できれば古い車両に乗るというシチュエーションが好きだ。しかもその好みは、自分の内側から出たものですらない。
以前、北海道の架空の鉄道路線を題材にした小説同人誌を作った。その話を書くまでは鉄道にも北海道にも興味はなかった。けれども、その話のために北海道に取材にきて、この旭川ー名寄間にも乗った。自分にとって全くわからない題材をどう書こうか、ずっと悩んで、悩み続けて、ただメモと写真を残し続けていた。
それから、鉄道が好きだというキャラクタの感情を探すために、鉄道のことを考え続け、わかったなりに書いた。その名残が今の嗜好だ。よくキャラクタは作者に似ると聞くけれど、私のこの嗜好は逆で、キャラクタから貰ったものだ。だからか、いつまで経っても北海道で気動車に乗って喜ぶ自分が他人のように思える。
塩狩峠に差し掛かり、エンジンが吹け上がる。塩狩峠は子供のころ三浦綾子作品を読みふけった私にとって、感慨深い場所である。いつか塩狩駅で降りて歩いてみたいと思いながら、まだ一度もかなえていない。快速なよろは塩狩駅を通過してしまう。駅舎が流れていく。塩狩峠を過ぎる。ジョイントが小気味よく鳴る。下り坂のリズム。
和寒駅で対向の待ち合わせ
車内が暑い。チョコレートが溶けて、包み紙ごとうねっている。北へ向かっているという実感が湧かない。しかし、列車は名寄へと一目散に走る。
個人的最北端の地、名寄に到着。
名寄駅で最後の乗り換え。名寄12時45分発、稚内行に乗る。朝からずっと列車に乗り詰めだが、まだ3時間乗れる。
キハ54に宗谷本線ステッカー。
車内には沿線自治体の市町村だより入れ。途中の駅で補充もされていた。
日進駅。
美深の農業倉庫。あちこちに古い建物が残っている。
天塩川に沿って列車は進み、勾配を上っていく。
恩根内駅。ホームらしいホームのない駅が多い。
豊清水駅。いわゆる秘境駅だが、特急の列車交換駅でもあり、冬は保線員が常駐するそう。
天塩川温泉駅。ここはしっかりとホームがある。
ディーゼルエンジンがガラガラと高鳴る。
宗谷本線唯一のトンネルを抜けて、雄信内駅。
コンテナ転用駅舎の中でも、かなり古めかしい安牛駅。
幌延にて、すれ違い。
北半球ど真ん中。
15時14分、幌延駅着。ここで約30分の停車があるため、だらだらと一服。目的地の豊富まで、あと少し。
豊富に近づくにつれ、牧場が目立つ。
以前、これを「巨大シカのふん」と言ったら、友達に怒られた。
到着してしまう。
16時04分、豊富駅着。雨はやんだけれどもうすらぼんやりと曇っている。今夜は吉良さん・林太郎さん・菅野さん、3人編成最後のライブになる。